きみと夏まつり
5題-5.夏の夜風
祇園の笛が響く中、人波を掻き分けて俺は歩を進める。
何か約束があったわけじゃあねえんだ。
たまたま祭の道でばったりでくわして見交わしただけ。
数歩遅れて付き添ってくるあいつは、どんな人ごみの中だって俺を見失うことはねえんだろう。
何故だかわからねぇが、俺はあいつのそういう部分を疑うことは無かった。
そういう女だ。
人ごみはいつでもぶっそうでいけねぇ。
山鉾が無い小径を曲がって進めば、大分人通りもまばらになった。
すっかり暗くなった小橋のど真ん中で俺は足を止めた。
「おい」
「……はい?」
思ったぐらいの距離から思ったとおりの返事が響く。
踵を返せば、にこやかに此方を見上げるあいつが居た。
「付いて歩いただけで、土方さんとお祭を回ったような気分になりました」
出鼻を挫かれた気分の俺は苦笑いを浮かべる他は無かった。
たまにはきっちり恨み言の一つくらい言ってくれればいいのにとも思うが、
そういう種類の女は度が過ぎると鬱陶しくていけねぇ。
付かず離れずのこの距離。
俺の心地よい距離を良くわかって居やがるこの女は、俺にとっちゃかけがえの無いもんだ。
橋の上、あいつとの間を風が吹き抜けて、長い髪を揺らした。
「心地いい風だな」
「川を渡って吹く風はすっきりしていて、私は好きです」
「そうだな」
しばらく無言で二人並んで夜風を受けていた。
もう一度背中を向けて、肩越しに振り返ってみれば、やつは小首をかしげて此方を見る。
「せっかくだから屯所寄ってけ。茶くらい煎れてやる」
「ええ。それじゃあ屯所までお供します」
背中から付いてくる下駄の擦れる音に、俺はなんとなく浮かんでくる笑みを噛み殺しながら星空を仰いだ。